古くから民間信仰の中でも七福神は特に親しまれ、七福神の功徳力により、「七難即滅、七福即生」を祈願するものです。

※八溝山(やみぞさん)は、茨城県・福島県の県境にある標高1,021.8mの山。栃木県の県境からも1kmくらいのところにある。

※栃木県立自然公園 八溝県立自然公園内で見てきたところ・・・
●伊王野(遊行柳・建中寺・芦野城跡・家屋・伊王野城跡・専称寺)●高館城跡(沓掛・余一観光ヤナ)●黒羽町(黒羽城跡・大雄寺・高岩公園・観光ヤナ)●黒羽近在芭蕉句碑(玉藻神社・常念寺・光明寺・西教寺)●雲厳寺(寺・句碑・八溝ハイランド)●湯津上(笠石神社・上・下侍塚古墳)●佐良土(光丸山・サクラ)●梅曾(那須官が跡・浄法寺館跡・駒形大塚古墳・●馬頭(唐の御所・馬頭院・高瀬ヤナ・乾徳寺・健武城跡)●小砂焼(陶器・資料館)・・・この他自然等を含めるとまだまだたくさんあります。
 福禄寿  乾徳寺(馬頭町)
■福禄寿は自然の恵みに感謝し、ありがたい福禄を結んで頂く神です。

乾徳寺

馬頭町のパンフレットには
武茂城主の菩提寺
乾徳寺は武茂城主の菩提寺で、千鳥破風の山門は武茂城大手門を移築したと伝えられ、室町時代の様式をとどめ、武茂氏の家紋である三巴紋が残っています。

乾徳寺の由来
大渓院 瀧沢山 乾徳寺と称す
大本山は福井県永平寺 横浜市総持寺
武茂城跡は山門に向かって左側の山一帯と右側の山一帯の根古屋が城跡としてのこっている。
本丸、二の丸、三の丸と続き昔のおもかげがのこされている。正応永仁(1288年)伏見桃山時代、武茂泰宗が築城した。泰宗武茂庄十余郷を領して武茂氏となる。応永14年(1407年)武茂氏一旦断絶する。寛正(かんしょう)4年(1463年)宇都宮正綱の三男兼綱が武茂氏を相続し、一万石の領主となる。兼綱、乾徳寺を建立、武茂家の菩提寺とした。武茂累代の墓石が当山の墓地中央にある。山門は武茂家の門として武茂家の定紋が両側に刻されており、菩提寺へ寄贈されたものである。様式は桃山時代の建築を取り入れ、質素な建造物である。改修札に安永2年霜月大改修の棟札が残されている。乾徳寺は三面山岳を以って渓間幽谷の地にあり、東に滝ケ沢、西に闇ケ沢、かかる浄音の地にあるも、偶偶(たまたま)明治36年4月8日、町内よりの飛火に不慮の火災に逢い七堂がらん悉く(ことごとく)灰燼(かいじん)に帰せり、再建に檀徒の総力と信者の浄財を得て、同44年4月4日当山四十一世保寿代、8年の歳月を以って現在の本堂及び開山堂が再建されました。
・・・・・以下省略します。
 弁財天  光照寺(小川町)
■弁財天は七福神の中、唯一の女神。財宝・智恵・愛情を授け、趣味・芸術の上達を助けます。

光照寺
33番
 大黒天  光丸山(湯津上村)
■大黒天は作神・福運神としてあがめられ、良民の願いをかなえてくれる大黒様として信仰されています。

光丸山法輪寺
23番
 寿老尊  威徳院(湯津上村)
■寿老尊は長寿の神、延命長寿で7百年も永生きしたと言われる寿老像がまつられています。
25.4.16

威徳院
22番
 恵比寿尊 明王寺(黒羽町)
■恵比寿尊は、日本古来の神とされ「商売繁盛」の福の神です。

明王寺
1番
 布袋尊  不動院(黒羽町)
■布袋尊は弥勒菩薩の化身。「オンマイタレーソワカ」と念ずると平和と安泰が得られるという。

不動院
2番
 毘沙門天 三光寺(那須町)
■毘沙門天は、歓喜天尊の協力神として、智恵や財宝など諸願成就の天尊とされています。

三光寺
8番