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中三依駅前のお寺です。駅から30メートルくらいかな。

案内板
三依山寶蔵院の由来
三依山寶蔵院は今から約400年前室町時代元亀2年(西暦1571)福島県の住人で興恵と云う僧の開山と伝えられております。本山は奈良県長谷寺であり、真言宗豊山派であります。爾来長い年月を経て今日に至ったものであります。この間、幾多の転変盛衰を繰り返したこと推察されます。
近代では、明治の維新の会津戦役の時も戦火を免れて霊験あらたかな当山当寺でございます。大正5年中三依の大火によって本堂並びに庫裏等を焼失してしまいました。昔は文化の中心は寺院に有りましたから部落の重要書類等は寺に保管して有りましたので皆灰燼に帰してしまいました。
大正6年檀家の総意で再建の機運になり当時中興第一世住職山野辺路秀師と謀り、山形県の住人大工棟梁の金谷徳次氏に依頼して建立したのが現在の寶蔵院であります。
本年10月会津鬼怒川線開通に伴い寺の境内の一部が駅前広場になり止むなく中興第四世中僧正倉松道観師と共に、多くの建築委員の努力と大工棟梁山口金次氏に依頼し、本堂移改築、庫裏新築になり昔日を凌ぎ立派な再現を見ることができました。
寶蔵院の名称のごとく寶の蔵に恵まれて法界の平等利益により人生を楽しく送れると檀徒一同厚く信仰に生きています。
昭和61年10月
三依山 寶蔵院