・・・・・南河内の風景・・・・・
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薬師寺八幡宮
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■説明板・・・
●八幡宮
八幡宮の起源は古く、主祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で貞観(じょうがん)17年(875)京都石清水(いわしみず)八幡宮の祭神を勧請(かんじょう)して東北守護の大神としたと伝えられている。
また一方では下野薬師寺の寺内社として直接宇佐(うさ)八幡宮(大分県)から分社されたともいわれている。天喜(てんぎ)4年(1056)源頼義(よりよし)が奥州追討の途中当社に立ち寄って戦勝を祈願したが、その際、後続軍と奥州軍との戦いで社殿などすべてを焼失したといわれている。その後近世に入って、新たにこの地を支配地とした佐竹右京大夫(さたけうきょうだゆう:秋田藩三代藩主)の援助によって寛文2年(1662)に本殿及び拝殿が再建されたものとされる。現存する本殿と拝殿はまさにその時代の特徴を留めており、17世紀にまで遡り得る県内でも数少ない神社建築として貴重なものである。
薬師寺の八幡宮は歴史も古く、常にこの地域のシンボルとして崇敬され深い信仰をあつめている。
平成8年3月 下野市教育委員会