08      今市市へ
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●如来寺 ●如来寺から北上 ●如来寺から北上
●如来寺から北上 ●如来寺から北上 ●大谷川に向かう
●大谷川に向かう ●大谷川に向かう 東武線ガード下 ●酒造会社
●大谷川に向かう ●大谷橋 ●大谷橋
●大谷橋から ●大谷橋 ●大谷橋から
●大谷橋から ●大谷橋から ●大谷橋から
●大谷橋わたったところ ●大谷橋 ●二宮先生開墾地記念碑
●二宮先生開墾地記念碑 ●二宮先生開墾地記念碑 前歩道橋
●二宮先生開墾地記念碑  今市・瀬川入会地(いりあいち)の大開発地
・期間:安政6年(1859年)9月8日〜11月12日
・入用金:161両余 所要人足 4242人
・開発面積:5町5反4畝15歩(約55ヘクタール)

二宮尊徳の指導の下に行われた日光神領の報徳仕法(農村復興仕法)では、荒地起き返し(おきかえし:荒地化した元耕地の再開発)を中心に、併せて地味の良い有望な未開地の新規開墾も積極的に進められ、合わせて25町4反8畝4歩が新たに耕地となった。
今市・瀬川入会地の開発は、報徳仕法最大の開発地で、南側に隣接する今市大谷向の大開発地(安政5年10月2日〜翌年5月13日、5町4反4畝27歩)とともに10町歩余(ほぼバイパスの両側)が神領随一の美田に生まれ変わったのである。
この記念碑は、昭和10年(1935年)に今市農会が建立した。
平成9年12月 今市市教育委員会
●今市第二小 ●庚申塔 ●用水堀とカキ
●大谷向駅近くの踏切 ●石仏 豊田あたり ●石仏 豊田あたり